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虹の彼方に
c0048685_16453825.jpg♪今日も祈る夢は
 虹の橋のデートの夢

 お星さま お願い
 わたしの小さな夢
 お星さま きっとね
 一度でいいから
 聞いてよ・・・
 
 わたしの好きな人と
 デートしたいの
 虹の橋



「オズの魔法使い」
 主題曲より



あたたかい陽ざしに包まれた、遅い午後の街。
雨の雫がキラキラと光に反射して、宝石の屑みたいに輝きながら
空から落ちてきました。

太陽にくるりと背を向けて東の空を見あげれば、
グレーの雨雲をキャンバスにさあっと一筆で描かれた七色の帯。
大きな虹の出現です。

なんとも鮮やかな虹の橋。
地上からしっかりと生え、のびやかな弧を描いて天に向かっています。
急いでたもとに駆けつければ、あの虹を渡れるかもしれない。
虹のてっぺんから見る風景はどんなにか素晴らしいことでしょう・・・

空の彼方に叶いそうもない夢を見た、美しいひとときでした。
by glass-drop | 2005-04-27 16:46 | 自然
ガラスのかけら
吹きガラス工房でるつぼ(溶けたガラス素地が入っている器)
の交換をすると聞き、その作業を見学させてもらいました。

普段はごうごうと音をたてて太陽のように眩しく燃えている溶解炉。
火が落とされた今は深い眠りについているかのように見えます。
炉の内部の静かな暗がりを覗くと、溶けたガラスにコーティングされて
陶器のようなツヤのある質感に変化したるつぼが鎮座しています。
何だか胎内を覗いているような気がして、神妙な心持ちになりました。

るつぼを取り出したあとの炉の底には
流れ出たガラスが冷えて固まっていました。

c0048685_23533519.jpgその色はごく薄い緑青色。
何らかの不純物によって
着色したようです。

かけらを手にとってみると、
キラキラと輝いて
まるで氷みたいです。


             
かけらを空にかざしながら想像しました。
溶けたガラスの雨がふり、冷えたガラスの雪が降る星を。
大地を覆う大気もきっとガラスが気化してできている。
そしてこのかけらは星の極地を流れる氷河の一部なのだ・・・
by glass-drop | 2005-04-25 23:52 | おきにいり
田中一村
風がさわぐ夜。眠れぬままに、画集をひらいて眺めていました。

アダンの木ごしに見える、スコールの匂いをはらんだ雲と海。
奇妙な曲線を描いて茂るクワズイモやソテツのジャングル。
湿り気をおびたビロウ樹の森に、凛として咲く白い花・・・

c0048685_17253013.jpg熱帯の光を影の側から捉え、
緻密な描写で再構成したそれらの絵は
粛々とした美しさに満ちています。

田中一村
(たなか いっそん:1908〜1977)
卓越した画力を持ちながらもあえて画壇を離れた異端の日本画家。
49歳のときに初めて訪れた奄美諸島の自然に魅了され、以後大島紬の染色工をして細々と生活を繋ぎながら、69歳で亡くなるまでひとり奄美大島に暮らし亜熱帯の花鳥風月を描き続けた人です。



一村という画家の存在を知ったのは今から10年ほど前のこと。
展覧会で絵を目の前にした時、心がきゅうっと掴まれた気がしました。
トロピカルな楽園として描かれている南の島は数多くあれども、
それほどまでに熱帯の陰影を深く濃く描き切った絵は
見たことがありませんでした。

3年ほど前、田中一村を記念した美術館が出来たという話を聞き
これを機会に行くしかない、と奄美への旅を計画しました。
少しでも一村の実像に近付いてみたい‥‥そう思ったのです。

奄美大島の空港に降り立ったのは2002年6月の終わり頃。
台風が近付いている島の空気はもんわりと重く湿っていました。

熱帯植物がみっしりと生い茂る丘。複雑で山がちな海岸線。
海辺に小さく開けた土地ごとにポツリポツリと点在する集落は
細くくねった道1本で辛うじて外界と繋がっているように見えます。
まさに陸の孤島といった佇まいです。

c0048685_1823392.jpg厳しくも美しい自然に満ちた島。
奄美への印象は、一村の絵に対する印象とぴったり重なったのでした。

孤高の画家は、妻を娶ることもなく
誰かに看取られることもなく
ひっそりと無名のままに
生涯を終えていったといいます。

彼の晩年はしかし、決して孤独で厳しいだけのものではなかったはず。
奄美の自然に抱かれ、邪魔する一切のものを寄せつけず絵と向き合う中で
「美との同化」という至福の時を得ていたのでしょうから・・・



もしも一村が家庭を持つような、あるいは社交的な人物であったならば
描く絵はまったく違ったものになっていたことでしょう。
一連の絵に満ちている鬼気せまるまでの美しさは
他者と隔たることによってその純度を深めていったのではないか。
そう思わずにはいられません。

絵とは、表現とは何か。生きるとはどういうことなのか。
彼の画集を開くたびに考えさせられます。

田中一村。そういう生き方をした人もいるのです・・・


*画像は「田中一村作品集」(NHK出版)より複写・転載
by glass-drop | 2005-04-18 16:45 | ガラス・創る
都心の風景にもだんだん緑が増えてきて
ずいぶん春らしさが感じられるようになってきました。

公園の遊歩道沿い、舞台装置のように一斉に咲いているソメイヨシノ。
満開の花の下ではスーツ姿の人々が席を陣取って宴に備えています。
日頃の憂いを脱ぎ捨て非日常に酔いしれる、
都市ならではの小さな祭があちこちで開かれる春の週末です。


電車の窓の外、流れてゆく景色を見下ろすように眺めていたら
ハっと息をのむような美しい何かが視界に飛び込んできました。
オフィスビルの林の中にただ1本、その花を咲き誇っている
ソメイヨシノでした。

ほんのり紅を含んだそのなめらかな乳白色は、ほぼ同じ明度である
グレーの壁の色に引き立てられいっそう際立って見えます。

建物の固く直線的なテクスチャーとの対比も関係しているのでしょう。
ほわほわと風に揺れるやわらかな花の塊は、なんとも言えない
有機的でなまめかしいオーラを放っているように感じました。


いま、南房総のソメイヨシノも満開を迎えそれなりに美しいのですが
都心で見る桜に比べて「特別な何か」が薄いような気がします。

ツバキ、桃、ボケ、レンギョウなどなど・・・
色々な花があちこちに元気よく咲き乱れている春の南房総では、
ソメイヨシノが咲いていても何だか(あくまでも私見ですが)
「桜が咲いているぞ!」というよりは
「桜も咲いているね。」といった程度の印象なのです。


都市に咲いてこそ美しい花もある。
ソメイヨシノにそんなことを感じているのは、
私だけではないはずです・・・
by glass-drop | 2005-04-10 18:26 | 自然
浦島草
4月に入って吹く風もずいぶん暖かくなってきました。
花畑はそろそろおしまい。
掘りかえされたあと、水を張った田んぼへと姿を変えていきます。
もうすでに初夏へ向かって動きだしている南房総です。

屋内にいるのが勿体ない気がして、裏山へ野草を摘みに出かけました。
タンポポ、フキ、ハコベ、タラの芽、ミツバ・・・
ポカポカと暖かい陽射しを背中に受けながら草を摘んでいると、
小さい子供に戻ったようなウキウキ楽しい気分になってきます。

そしてつくづく思ったのです。幼かった頃も大人になってからも、
好きな事ってたいして変らないものなんだなぁ・・・と。

私は自然を相手に遊ぶことが何よりも大好きな子供でした。
両親とも野山や水辺が好きでちょくちょく遊びに出かけていたこと、
住まいが田畑の多い地域にあったことなども影響していたのでしょう。

野原や森で草花を摘み、家に持ち帰っては図鑑とにらめっこ。
小川に棲む魚たちをつかまえ、観察して絵に描くのも好きでした。
その甲斐あってか、メダカとカダヤシ、ギンブナとキンブナなど
川の上から魚の背を見ただけで種類を見分けるのもお手のものでした。

大人になって再び自然が豊かな場所に暮らし始めたのは
そんな原点を忘れられない本能が、そうさせているのかもしれません。
(いわゆる「三つ子の魂 百まで」ということなんでしょうね)

c0048685_23304261.jpgさてこちら野草摘みの途中で見かけた植物。ウラシマソウです。
ツルのようなものがすうっと長く伸びている様子が、釣り竿を持っている浦島太郎のように見える、ということでそう名付けられたそうです。
ちょっと食虫植物のような妖しさも感じますが、実はコンニャクの仲間なのだとか。
それにしても面白いカタチの植物です。



草摘みに夢中になっている間に時間がワープして、
ふと気付くと子供から大人に変わってしまっていた・・・・
そんな錯覚をおぼえ、ちょっぴり浦島太郎の気持ちが
わかったような気がするうららかな春の午後でした。
by glass-drop | 2005-04-06 23:32 | 自然
パイパティローマ
沖縄の八重山諸島を好きになって、足繁く訪れた時期がありました。

c0048685_1841471.jpgとろけたゼリーのような海。
痛いほどに強烈な太陽の光。

白いサンゴ砂の小道に
くっきりと影を描いている
パパイヤの木。

夜の闇を吸い込んで
息づく亜熱帯の森、
本が読めそうなほどの
星あかり‥‥


何もかもが美しく輝いてみえました。
この島々こそ自分にとっての至上の楽園なのかもしれない。
辛いことに耐え切れなくなった時には、ここへ来ればいいのだ‥‥
そんなふうに思いました。

それほどまでに美しい八重山の島々。
その南のはずれにあるサンゴ礁の小さな島、波照間(はてるま)には
「パイパティローマ伝説」という言い伝えがあります。

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 昔むかし。波照間島に住む人々は 役人共から重い税をかけられ
 貧しく厳しい生活を強いられていました。
 苦労して得た少しばかりの作物はみな取り上げられてしまいます。
 周りを海に囲まれた小さな島では役人から逃れる場所もありません。

 そんな辛い暮らしの中、どこからともなく噂が立ちはじめました。
 「波照間の沖、ずっと南のほうに豊かで素晴らしい島があるらしい」
 そこへは役人も追ってきはしない。楽園のような所だというのです。

 噂を信じた一部の人々は船を漕ぎだし波照間を脱出してゆきました。
 その楽園のような島、南波照間(パイパティローマ)を目指して。
 そして再び帰ってきたものはいなかったということです・・・

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南波照間=台湾の蘭嶼(ランユウ)を差しているという説があります。
(八重山独特の古い漁具が蘭嶼島でも発見されたのだとか)

南の島に夢中だったその当時、伝説をたどるべくフェリーに乗って
八重山から台湾まで渡ってみたことがあります。

夜中に基隆港へ着くと、漢字の筆談でなんとか台湾ドルを手に入れ
そのまま夜行列車に飛び乗って台東という街へ。
台東からは定員10人たらずの小さなプロペラ機に乗り込んで
蘭嶼島に向かいます。

島はスクーターで2時間もあれば1周できてしまうような大きさ。
ムクムクと隆起したような岩山が海の際からそびえ立ち、
岸には大きな丸石がゴロゴロと転がっています。
雄大な自然に囲まれた島ではありましたが、何だかイメージしていた
南の楽園とは違っていたのでちょっと面喰らってしまいました。

荒い岩肌の海辺にはガラスの浮き玉が幾つも転がっていました。
それらは波照間の柔らかな砂浜で拾ったものと同じ色とカタチで、
「君を待っていたよ」と言わんばかりに輝いていたのでした・・・


自分にとってのパイパティローマ。
今になってみればその楽園とは、南の彼方にある島というよりもむしろ
南へと向う想いそのもの、だったように思われるのです。
by glass-drop | 2005-04-05 14:02 | 旅・散歩