田中一村

風がさわぐ夜。眠れぬままに、画集をひらいて眺めていました。

アダンの木ごしに見える、スコールの匂いをはらんだ雲と海。
奇妙な曲線を描いて茂るクワズイモやソテツのジャングル。
湿り気をおびたビロウ樹の森に、凛として咲く白い花・・・

c0048685_17253013.jpg熱帯の光を影の側から捉え、
緻密な描写で再構成したそれらの絵は
粛々とした美しさに満ちています。

田中一村
(たなか いっそん:1908〜1977)
卓越した画力を持ちながらもあえて画壇を離れた異端の日本画家。
49歳のときに初めて訪れた奄美諸島の自然に魅了され、以後大島紬の染色工をして細々と生活を繋ぎながら、69歳で亡くなるまでひとり奄美大島に暮らし亜熱帯の花鳥風月を描き続けた人です。



一村という画家の存在を知ったのは今から10年ほど前のこと。
展覧会で絵を目の前にした時、心がきゅうっと掴まれた気がしました。
トロピカルな楽園として描かれている南の島は数多くあれども、
それほどまでに熱帯の陰影を深く濃く描き切った絵は
見たことがありませんでした。

3年ほど前、田中一村を記念した美術館が出来たという話を聞き
これを機会に行くしかない、と奄美への旅を計画しました。
少しでも一村の実像に近付いてみたい‥‥そう思ったのです。

奄美大島の空港に降り立ったのは2002年6月の終わり頃。
台風が近付いている島の空気はもんわりと重く湿っていました。

熱帯植物がみっしりと生い茂る丘。複雑で山がちな海岸線。
海辺に小さく開けた土地ごとにポツリポツリと点在する集落は
細くくねった道1本で辛うじて外界と繋がっているように見えます。
まさに陸の孤島といった佇まいです。

c0048685_1823392.jpg厳しくも美しい自然に満ちた島。
奄美への印象は、一村の絵に対する印象とぴったり重なったのでした。

孤高の画家は、妻を娶ることもなく
誰かに看取られることもなく
ひっそりと無名のままに
生涯を終えていったといいます。

彼の晩年はしかし、決して孤独で厳しいだけのものではなかったはず。
奄美の自然に抱かれ、邪魔する一切のものを寄せつけず絵と向き合う中で
「美との同化」という至福の時を得ていたのでしょうから・・・



もしも一村が家庭を持つような、あるいは社交的な人物であったならば
描く絵はまったく違ったものになっていたことでしょう。
一連の絵に満ちている鬼気せまるまでの美しさは
他者と隔たることによってその純度を深めていったのではないか。
そう思わずにはいられません。

絵とは、表現とは何か。生きるとはどういうことなのか。
彼の画集を開くたびに考えさせられます。

田中一村。そういう生き方をした人もいるのです・・・


*画像は「田中一村作品集」(NHK出版)より複写・転載
by glass-drop | 2005-04-18 16:45 | ガラス・創る