アワビと海ホタル

房総とカリフォルニアのモントレー。
大平洋を挟む2つの半島はその昔「アワビ」で繋がっていた・・・
こんなテーマで展開されたイベントに行ってまいりました。
場所は館山の南総文化ホール。南房総の文化拠点です。

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その昔、南房総ではアワビの素潜り漁はもちろん、潜水具を使っての漁も盛んに行われていました。

まるで宇宙服みたいな潜水具に身をつつみ海の底へと降りていく海士。
そして船上からパイプで送られてくる空気で呼吸しつつ獲物を探します。

この道具を使えば、海水温が低くても長時間海中に潜ることが可能となり、大量にアワビを捕ることができたといいます。
(現在は潜水具着用でのアワビ漁は行われていない)


そんな漁師町の千倉で海産物商を生業としていた小谷兄弟が、
地元の海士たちを連れて海を渡ったのは1897年(明治30)。
モントレー湾の豊富なアワビ資源に目をつけてのことでした。

モントレー湾のポイント・ロボス地区は地形が房総の磯にそっくり。
海岸にはアワビの殻が大量に打ち上げられ、海の中を覗き込めば
あっちにもこっちにも、何百といってもいい数のアワビが
無造作にペタペタと張り付いていたそうです。
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↑モントレーの海辺の風景

小谷兄弟が来る以前にアワビを利用する者はほとんどいませんでした。
(中国系移民が土産物へ加工するために殻を採っていた程度)
おかげでポイント・ロボスの海は豊富すぎるほどにアワビを貯え、
彼らやアワビ漁師たちにとって光り輝く宝の山となったのです。

兄弟は缶詰め工場を作ったり、レストランのオーナーと組んで
アワビのステーキを普及させたりと異国の地でアワビ事業を展開。
ちなみに千倉町出身のハリウッド・スター早川雪舟の渡米も
このアワビ事業と少なからず関連があるようです。

しかしアワビによる日米交流は戦争によってストップしてしまいます。
ポイント・ロボスの日系人たちは強制収容所に連行され、
小谷一族のアワビ事業も終了を余儀なくされたのでした・・・

現在は州の保護区となっているポイント・ロボス。
小谷一族やアワビ漁に携わった人々の子孫が暮らす町は
「コダニ・ビレッジ」として地図の上に歴史を刻んでいます。

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アワビ貝殻の山に立つ小谷源之助。殻の大きさに注目!
(画像はクリックで拡大します)

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アワビを通した日米の交流についてのスライド・トークは
南房総の海とおおいに関係のある、とても興味深いものでした。
(設備の問題で肝心のスライドが見えにくかったのが残念)

そして驚いたのがサンプルで出てきたモントレー産アワビの殻。
その大きさといったら!!直径は30cmはあったでしょうか。
確かにあれなら「ステーキ」を名乗っても恥ずかしくなさそう。
とにかく今まで見たアワビとは別格の大きさでした!!


このイベントでは、アワビの他にも驚きの歴史をもう1つ
知ることができました。「海ホタル」にまつわる戦争秘話です。

イベント前半では今年が戦後60周年に当たるということもあり、
海ホタルと戦争がテーマの壮大な組曲を合唱団が唄いあげました。
その歌詞の中に注目すべき戦争秘話が描かれていたのです。
それは・・・

「海ホタルが軍事目的に利用されようとしていた」というもの。
えぇ〜〜!?あの海の中で光るミジンコのような生物がぁ??
(ちなみに海ホタルは、以前ブログに書いた夜光虫とは別の生物)

なんでも集めた海ホタルを乾燥させてすり潰し、
俵に詰めて陸軍の研究施設に献上したのだとか。
乾燥したものに水をかければ何回でも青く光らせることが出来る。
そのことを何かに利用しようとしたらしいのですが・・・

海ホタル集めに学徒動員された人の手記によると、その任務とは
「2つに割った魚の頭にヒモを付けて海に沈め、獲物が集まるのを
ひたすら待ち続ける」という実にノンキなものだったとか・・・・

ちなみに最近読んだ本「海女たちの四季」では、
千倉の海女は戦時に海草のカジメを大量に採っては
軍に献上していた・・・という内容が記されていました。
その理由はなんと「カジメは爆弾の原料になるから」(!?)

海ホタルといいカジメといい、戦時の風景の中にも
房総ならではの個性があった・・・・。
これらの事実には、アワビの大きさにも増して
驚きを禁じえない私なのでした・・・


※画像は冊子「大平洋にかかる橋」より複写&トリミング・転載
(NPO法人南房総文化財・戦跡保存活用フォーラム編)
by glass-drop | 2005-09-04 01:34 | 自然