泳ぐことと、悲しみと。

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15歳になる実家の愛犬が亡くなった。
布団の上に無造作に置かれたタオル、窓辺に飾られた花と花瓶。
そんなものが一瞬あの子に見えてハッとしてしまう。
「そうそう、私もそうなのよ」と母が寂しそうに笑う。

愛犬を荼毘に伏したあと、近隣の公営プールを探して泳ぎに行った。
5mライン沿いにプールの底から気泡が出ている視覚障害者に配慮した造り。
水温はぬるま湯と言えるほどに暖かく、肌と水の境目を感じにくい上に、体温が上がりすぎてすぐ疲れてしまう。
利用者も多く混んでいて正直泳ぎにくいプールだったけれど、それでも気分はいくらか柔らいだ。

3月から始めた水泳は幾度となく私の心を救ってくれた。
泳いでいる最中は思考から解放される。
泳いだ後は感情が穏やかに凪ぐ。
いっときだけでも悲しみや喪失感を忘れていられた。

生きていればこの先また何度も悲しみは訪れるんだろう。
でも、いいんだ。
悲しいのは自分の命がちゃんと機能している証拠なんだから。
その度にプールの水に身を委ねればいいんだから。





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by glass-drop | 2017-10-15 15:17 | おきにいり